ST上昇型急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン(2013年改訂版)
Guidelines for the management of patients with ST-elevation acute myocardial infarction
(JCS 2013)
心不全とは「心機能低下のため全身組織における代謝に必要な血液量を心臓から駆出できない状態,あるいは心室充満圧の上昇という代償機序を介して
のみ拍出を維持している状態」と定義され,臨床的な病態は低心拍出量と肺うっ血である476).STEMI の場合には活動可能な心筋の絶対量が急激に減少す
ることによって心臓全体として収縮能および拡張能が低下する.左室心筋の20 %以上が梗塞に陥ると心不全徴候が出現し,40 %を超えると心原性ショック
に陥るといわれる477).1 回の梗塞による心筋壊死量が少なくても,陳旧性心筋梗塞を有する患者に新たな梗塞が加わった場合や,入院時に心不全徴候が
なくても,経過中に梗塞拡大(extension)をきたした場合には心不全を併発する.
心筋梗塞急性期のポンプ失調の重症度を身体所見から判定する代表的なものにKillip 分類(表4)があり,治療方針の決定や急性期予後の推定に有用で
あるため,今日でも日常臨床において繁用されている102,478).再灌流療法が普及した今日でも,急性心不全を合併したSTEMI の死亡率は依然として高い
29,145,155,479).
Swan-Ganz カテーテルで得られる血行動態の諸指標から,心筋梗塞急性期の重症度をより正確に把握できるようになった480).Forrester らは200 例の心
筋梗塞患者の急性期血行動態を測定し,肺うっ血や末梢循環不全などの臨床症状の出現と血行動態測定値とがよく一致することを見い出し,肺動脈楔入圧
(PCWP)と心係数(CI)を用いて以下に示す4 つの血行動態群(hemodynamic subset)に分類した481).
サブセット I:PCWP ≦ 18 mmHg,CI > 2.2 L/分/m2
ポンプ失調のない群であり,鎮痛,安静などの一般的治療を行う.ただし,禁忌がなければ硝酸薬点滴静注,ACE阻害薬 , ARB やβ 遮断薬の投与は
行ったほうがよい.
サブセット II:PCWP>18 mmHg,CI > 2.2 L/分/m2
左心不全状態.左室収縮力および拡張能が低下し,二次的に左室前負荷が増加して心拍出量を維持している状態.通常,肺うっ血を認める.利尿薬と血管
拡張薬の適応となる.
サブセット III:PCWP ≦ 18 mmHg,CI ≦ 2.2 L/分/m2
左室前負荷が十分でない状態.脱水,右室梗塞,高齢,徐脈などが関与している.治療の第一は輸液を行うことであるが,カテコラミンの点滴静注が必要に
なることもある.徐脈に対しては一時ペーシングを行う.
サブセット IV:PCWP > 18mmHg,CI ≦ 2.2 L/分/m2
半数以上が心原性ショックであり広範囲の梗塞と考えられる.カテコラミン投与で改善傾向がなければ, IABP,PCPS などの補助循環を考慮する.
Nohria らは,ベッドサイドの身体所見から循環動態の異常を評価できるNohria-Stevenson 分類を提唱している482,483).詳細な臨床徴候の観察から肺うっ血
および組織低灌流の有無を評価し,Forrester 分類に類似した4 つの病態に分ける分類であり,治療方針の決定に有用である(図9).
合併症のない心筋梗塞例のほとんどは,観血的な血行動態評価を行わなくても,血圧,心拍数,尿量,胸部聴診所見,胸部X 線所見などからポンプ失調の
重症度,治療に対する反応をみることが可能である484).Swan-Ganz カテーテルから得られる各種測定値は,カテーテルの先端の位置が不適切な場合な
ど,必ずしも正確な数値が反映されないことがある.また頻度は低いがカテーテル挿入,留置時には,心室不整脈,脚ブロック,肺出血,感染,カテーテル血
栓症などの合併症を生じることもある.このため得られる情報による利益がそのリスクを上回るときに施行すべきである.
低血圧,心原性ショックを呈する患者に対しては,橈骨動脈から動脈圧をモニタリングすることが有用である.これにより動脈血ガス分析なども繰り返し行う
ことができる.
Swan-Ganz カテーテルおよび動脈ラインのいずれも5日を超えて同一部位に留置しないことが望ましく,必要性がなくなった際にはすみやかに抜去すべきで
ある485).