ST上昇型急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン(2013年改訂版)
Guidelines for the management of patients with ST-elevation acute myocardial infarction
(JCS 2013)
 
血栓形成 thrombus
4. プラーク破綻 rupture
3. プラーク形成と代償性血管拡張
plaque formation and positive remodeling
2. 脂肪斑 fatty streak
1.正常 normal
2. 成因
図1 プラークの進展と破綻
 ST 上昇型急性心筋梗塞(ST-elevation acute myocardial infarction:STEMI)の発症に血栓が関与することは剖検で示されていたが,原因か結果かに
ついては不明であった.その根拠として,①急性心筋梗塞の責任病変に血栓の認められる頻度が病理解剖の報告で差異があり,決して高くないこと,②動
脈血流下で血管内腔を閉塞するような血栓形成の機序が明らかではなかったこと,があげられる.しかし,1979 年ストレプトキナーゼを用いた冠動脈再疎通
により,臨床的には冠動脈閉塞の原因が血栓であることが報告された4).また1980 年に,急性心筋梗塞発症早期に完全閉塞していた冠動脈が時間経過と
ともに再開通することがDeWood ら5) により示され,これらの報告から血栓一次説が有力となった.わが国ではKodama ら6)が血管内視鏡で責任病変を直
接観察することにより,92%に赤色および混合血栓が存在することを,またAsakuraら7) は責任病変に黄色プラークと血栓が高頻度に観察されていることを
報告している.

 急性心筋梗塞の多くの責任病変には,薄い線維性被膜で覆われた多量の脂質を含み,その内部に活性化されたマクロファージやT リンパ球などの炎症
細胞が多数存在する不安定プラーク(vulnerable plaque)が存在する.このプラークの破綻と同時に,マクロファージが多量に産生する組織因子が管腔内に
放出され,動脈血流下でも急激に血栓性閉塞をきたす機序が示された8,9)

 また最近では,プラークの破綻だけでなく血管内膜のびらんによっても血栓性閉塞を生じることが明らかにされている.さらにプラーク破綻,びらんなどによ
り,冠動脈内の血栓は石灰化を生じてcalcified nodule となり,徐々に高度石灰化のプラークとなって血管内腔に突出し,内膜細胞が欠如して線維性被膜
がない部分ができる.このような所見は,不安定プラークの近傍にcalcified nodule として確認され,新たなプラーク破綻を生じる可能性の高いことが病理学
的な検討で明らかとなっており,プラーク破綻の危険性が高い所見として重要である10)

 動脈硬化の進行に伴いプラークが形成され成長しても,代償性拡大(positive remodeling)により血管内腔は一定に保たれる.しかし,さらにプラークが成
長してこの代償機序が破綻すると,プラークは血管内腔に増大し冠動脈造影では軽度の狭窄病変として認められるようになる.このような多量の脂質コアを
含むプラークには,活性化されたマクロファージやT リンパ球などの炎症細胞が存在する.脂質コアは脆弱で,遊離コレステロール結晶よりもむしろコレステ
ロールエステルを多量に含んでいる.このようなプラークの形態学的な特徴に加えて,マクロファージやTリンパ球が蛋白分解酵素(エラスターゼ,コラゲナー
ゼ,メタロプロテイナーゼなど)を放出し,これにより細胞外基質が分解され線維性被膜は菲薄化する10)

 心筋梗塞をきたす病変は軽度狭窄病変であることが多くの臨床研究から示されているが11),不安定プラーク自体を冠動脈造影で同定することは不可能で
あった.しかし,血管内エコー,血管内視鏡,血管内光干渉断層法(optical coherence tomography:OCT)などの血管内イメージング法の進歩により,病
理学でしか明らかにできなかった病変を可視化することが可能となった.この結果,不安定プラークは血管内エコーで,外膜より低輝度のソフトプラークを有
する線維性被膜が薄いものとして12),また血管内視鏡では濃黄色を呈するプラークとして13),高解像度であるOCT ではfibrous cap の厚さを直接計測するこ
とが可能であり,thin fibrous cap fibroatheroma( TCFA)14)として同定されることが可能となった.

 このような不安定プラークにプラーク破裂を促進させるなんらかの力が作用し,破裂をきたすとともに急速に血栓形成が進行する(図1).また心筋梗塞患
者では責任病変だけでなく冠動脈全体に不安定プラークが多数存在していることが判明し7),vulnerable patient という概念が生まれた15).さらに急性心筋
梗塞の責任血管を病理的に検討すると,その約40 %にプラーク破裂を認めず,比較的厚い線維性被膜の上に形成された血栓を認めることがあり,プラーク
びらんとされている16).この血栓形成機序については,①マトリックスメタロプロテイナーゼにより内皮や線維性被膜を含めた剥離が起こり被膜内にある平滑
筋組織因子の作用,②マクロファージの集積により形成された小さなプラークの破綻,③冠攣縮による血管内皮障害,などいくつかの機序が考えられている
17).またこのびらんは,女性や糖尿病患者に多いことが報告されているが,その理由については明らかでない.

 プラーク破綻は,急性心筋梗塞のuniversal definition ではタイプ1 に分類され,発生機序のなかで最も多い原因である.また,プラーク破綻以外の機序の
冠攣縮,塞栓などはタイプ2 に分類されている1)
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