ST上昇型急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン(2013年改訂版)
Guidelines for the management of patients with ST-elevation acute myocardial infarction
(JCS 2013)
 
3. 病態生理
 STEMI の病態生理として,左室の機能不全を示す.冠動脈閉塞により酸素・エネルギー源を遮断された心筋はすみやかに拡張障害を呈し続いて収縮能を消失する.心筋傷害の程度に応じて壁運動はhypokinesis からakinesis,dyskinesisの異常を呈する18).側副血行路の状況などによっては梗塞責任血管の灌流域以外にも壁運動異常を生じることがある.また,傷害心筋の範囲が大きければ全体としてのポンプ機能に影響を与え,心拍出量,血圧,dP/dt などが低下する.低血圧は冠動脈圧,すなわち心筋灌流圧をも低下させ,心筋の虚血をより助長することもある.また収縮末期容量の増加は予後不良の予測因子であると報告されている19).壊死心筋は浮腫,細胞浸潤を経て線維組織に置換されるが,正常な構築を保てなくなる結果,梗塞部位は菲薄化する.一方で梗塞によって生じた血行動態の変化は
非梗塞領域にも影響し,1 回拍出量を維持するための代償機転として,Frank-Starling の法則に従い非梗塞領域の拡大が生じる.

 このように,とくに梗塞後に生じた左室のサイズ, 形態,壁厚の一連の変化を左室リモデリングと総称し20),梗塞後の心不全あるいは生命予後の規定因子として重要である.また,梗塞周辺領域においては壊死部分と正常部分とが混在し,電気的興奮伝播が不均一化すること,さらに伝導遅延が起こるために局所でのリエントリーを生じやすく,致死性不整脈の基質となる.リモデリングの程度は梗塞の大きさ,梗塞責任血管の開存,神経体液性因子などによって規定され,アンジオテンシン変換酵素( angiotensin converting enzyme:ACE) 阻害薬はリモデリングを抑制することが報告されている21)

 左室機能不全,充満圧上昇に伴う血行動態の変化は二次性に全身へ波及し,肺においてはうっ血,間質への水分貯留,低酸素血症が生じる.また,代謝内分泌系においてはレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の亢進,脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の分泌が生じる一方,膵血流の低下によるインスリン分泌不全,交感神経活性化に伴う高血糖や遊離脂肪酸の上昇などを認める22)
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