ST上昇型急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン(2013年改訂版)
Guidelines for the management of patients with ST-elevation acute myocardial infarction
(JCS 2013)
 
 わが国の急性心筋梗塞患者の冠危険因子を欧米と比較すると26,27),高血圧の合併は50~55 %程度と同等だが,糖尿病の合併が34~36 %と多く,また,
喫煙率が54 %程度で明らかに高い28,29).厚生労働省の循環器疾患基礎調査1980 年と1990 年の2 つのコホートを追跡したNIPPON DATA( National
Integrated Project for Prospective Obser vation of Non-communicable Disease And its Trendsin the Aged)30) でも,血圧水準が高くなると心血管死亡リ
スクが順次高くなること,血清総コレステロール値と心筋梗塞の段階的な正の関連,喫煙の心血管死亡,脳卒中死亡,心筋梗塞死亡との正の関連,リスクの
集積と心血管病との関連,HDL コレステロールと心疾患死亡との負の関連,随時血糖値と心血管リスクとの関係が明らかにされており,冠危険因子へ包括
的な介入が重要である.

a. 高血圧
 収縮期血圧135 mmHg 以上もしくは拡張期血圧85mmHg 以上では冠動脈疾患の発生率が男性で2 倍,女性で1.5 倍となり31),高齢者においても血圧の
上昇によって循環器死亡が上昇する32)

b. 糖尿病
 久山町研究では,糖尿病による冠動脈疾患発症のリスクは2.6 倍である33).また,舟形研究では空腹時高血糖ではなく,食後高血糖が心血管死亡と関連
34),耐糖能異常の時期から動脈硬化性疾患が増加するとされており,早期からの介入が必要と思われる.急性心筋梗塞を発症した患者を糖尿病合併の有
無で比較すると,糖尿病例では陳旧性心筋梗塞や高血圧の合併が多く,入院時の心不全や冠動脈の多枝病変の合併が多い35).二次予防において,糖尿病
の存在は心筋梗塞の既往と同等のリスクになるが,実際の発病率は欧米に比較して少ない36)

c. 喫煙
 喫煙の本数と虚血性心疾患の発症率は相関する37).一方,虚血性心疾患のリスクは禁煙後2 年で低下し始め,10~14 年で非喫煙者と同等となる38).わ
が国の喫煙率は昭和から平成にかけて,男性では激減しているが女性では横ばい傾向である.喫煙の急性心筋梗塞発症への関与が女性のほうが強いこと
を考慮すると39),今後も国民的な禁煙運動の継続が必要である.

d. 脂質異常
 日本人のデータでも総コレステロール値上昇は虚血性心疾患による死亡と関連し,とくにLDL コレステロールは重要な冠危険因子である40,41).平均総コレ
ステロール値は米国では経年的に低下しているが,日本では増加傾向にあり女性では近年逆転している.

e. 家族歴
 他の冠危険因子の遺伝や環境の共有とは独立して,男性55 歳,女性65 歳未満の冠動脈疾患の家族歴は独立した冠危険因子であるが,とくに複数の冠
危険因子を有する場合にリスクが高い42).J-LIT(Japan Lipid Intervention Trial)でも家族歴により冠動脈疾患発症は約倍になった43).とくに,若年齢では家
族歴は心血管イベント発症と関与が強い44)

f. 慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)
 CKD45) は高血圧,糖尿病,喫煙,脂質異常,肥満と密接な関連があるが,これらの古典的冠危険因子で補正してもCKD は独立した心血管病の危険因子
であることが示されている46).CKD のステージが高くなるに従い心血管イベント発生のリスクが高くなるが,軽度の腎機能低下や蛋白尿も急性心筋梗塞発症
のリスクとなりうる.

g. メタボリックシンドローム
 メタボリックシンドロームは内臓肥満を基盤とした高血圧,脂質異常,耐糖能異常を合併した病態で,独立した心血管病発症の危険因子であり47),とくにそ
の構成因子が増えるほどリスクが高くなるとされている.

h. その他
 Ni-Hon-San 研究から明らかなように,遺伝素因に加えて,生活習慣も日本人の虚血性心疾患の発症率に大きく関与してきた48).わが国でも魚や多価不飽
和脂肪酸の摂取量が多いほど,虚血性心疾患の発症が少ない49,50).大豆に含まれるイソフラボンも心疾患発症を減少させる51).運動は虚血性心疾患のリス
クをさげ,わが国でもスポーツ時間と虚血性心疾患死のあいだに負の相関が証明されている52)
5. 冠危険因子
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