ST上昇型急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン(2013年改訂版)
Guidelines for the management of patients with ST-elevation acute myocardial infarction
(JCS 2013)
STEMI で,貧血や腎機能障害の存在,高度な白血球数増多や高血糖を認める例の予後は不良であることが報告されている127-130).
急性心筋梗塞の臨床診断で,心筋壊死を示す生化学マーカーの一過性上昇を認めることは必須であり,これに加え,虚血の存在を示唆する遷延性の胸痛
や心電図所見のいずれかの存在が必要となる.しかし発症早期には心筋バイオマーカーは未だ上昇していないことも多く,早期再灌流の重要性から症状と
心電図所見を中心に診断,治療を進めていく.また,心電図や症状からSTEMI の診断が明らかな患者では,一刻も早い再灌流療法の開始を優先し,生化
学マーカーの結果を待つことでその施行が遅れてはならない131).
虚血により心筋壊死に至る過程では,まず心筋細胞膜が傷害され,細胞質可溶性分画マーカー(クレアチンキナーゼ〈creatine kinase:CK〉,クレアチンキ
ナーゼMB〈CK-MB〉,ミオグロビン,H-FABP)が循環血中に遊出する.さらに虚血が高度で長時間に及ぶと筋原線維が分解され,心筋筋原線維の構造蛋
白である心筋トロポニンT,I,ミオシン軽鎖が流出する.心筋トロポニンT は一部(約6 %)が細胞質に可溶性分画として存在し,STEMI では虚血早期の細胞
質からの遊出(発症12~18 時間後の第1 ピーク)と筋原線維壊死(発症90~120 時間後の第2 ピーク)の2 峰性の遊出動態を示し,1 峰性の遊出動態を示
す心筋トロポニンI とは異なる132).
CK は最も一般的な心筋壊死のマーカーであり133,134),現在でも広く心筋梗塞の診断,予後の予測に用いられている135).STEMI では発症後3~8 時間で
上昇し,10~24 時間で最大となり,3~6 日後に正常化する.血中CK の最高値は心筋壊死量を反映するが,早期再灌流療法施行例ではピーク到達時間
が早くなり最高値も高くなる.
CK は健常人でも検出され心筋特異度が低いのに対し,心筋トロポニンは心筋特異度が高く,健常人で上昇することはない.心筋トロポニンの上昇は健常
人の上限値の99%値を超える場合と定義され,CK が上昇しない程度の微小心筋傷害も確実に検出される.ESC/ACCF/AHA/WHFの心筋梗塞の
universal definition では,臨床上の心筋虚血に一致して心筋壊死が確認された場合に心筋梗塞と診断し,心筋壊死の診断には心筋トロポニンの上昇を用
いるとしている136,137).ただし心筋トロポニンは心筋特異性に優れてはいるが,従来の測定系では発症 2 時間以内の超急性期の感度が低かった138).しか
し,最近,臨床応用されるようになった高感度心筋トロポニン測定系は従来のトロポニン系に比べ測定精度が高く,超急性期(発症後2 時間以内)の診断にも
有用であることが示されている139,140).ただし,心筋トロポニンは心不全,腎不全, 心筋炎,急性肺血栓塞栓症,敗血症など虚血以外の原因による心筋傷
害でも上昇するため注意を要する.
H-FABP も同様だが,急性心筋梗塞の診断は臨床所見に基づいて心筋虚血を評価したうえで,あくまでも総合的に行なわなければならない.H-FABP
は,心筋細胞質に比較的豊富に存在する低分子可溶性蛋白であり,低分子であるために軽度の心筋傷害のレベルで循環血中に逸脱しやすく,ミオグロビン
と同様に鋭敏な遊出動態を示す.H-FABP 全血迅速診断法は発症2 時間以内の超急性期の急性心筋梗塞の診断も可能であるが,心筋特異性が低く,急
性大動脈解離,骨格筋障害,腎機能障害例などでも陽性となることが報告されている141)(表5)142) .