ST上昇型急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン(2013年改訂版)
Guidelines for the management of patients with ST-elevation acute myocardial infarction
(JCS 2013)
 
クラス I
・患者背景,身体所見,心電図所見に基づいたリスク評価. レベルC
2.6 包括的リスク評価法
表4 Killip 分類:身体所見に基づいた重症度分類
クラス I ポンプ失調なし
肺野にラ音なく,III 音を聴取
しない
クラス II
軽度~中等度の心不

全肺野の50%未満の範囲で
ラ音を聴取あるいはIII 音を
聴取する
クラス III 重症心不全,肺水腫
全肺野の50%以上の範囲で
ラ音を聴取する
クラス IV 心原性ショック
血圧90mmHg 未満,尿量減
少,チアノーゼ,冷たく湿っ
た皮膚,意識障害を伴う
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 STEMI では,すみやかに重症度を評価し迅速かつ的確な治療を行うことが予後の改善に重要である.このため病歴,身体所見,12 誘導心電図,臨床検査
所見など,来院時に得られる情報を駆使してリスクの層別化を行う.予後に影響する因子としては,年齢,性別,低体重,収縮期血圧,心拍数,梗塞部位,発
症から治療までの時間,高血圧,糖尿病,心筋梗塞の既往などがあげられる145-148).Killip 分類(表4)は,おもに聴診所見により重症度を評価でき予後の予
測にも有用である102).Killip 分類IVの心原性ショック患者の死亡率は,未だ40~70 %と高く,院内死亡の最大原因である.しかし,ショック合併患者におい
ても早期の再灌流療法を中心とした治療法の進歩により生存率が向上することが示されている149-151a)

 心筋梗塞による心原性ショックは,一般的に左室充満が十分な状況で末梢循環不全の徴候を合併した30 分以上持続する低血圧(< 90 mmHg)と定義さ
れるが,血圧が90mmHg 以上でも組織低灌流状態がみられる場合にはプレショックと考え,ショックと同様の対応をする必要がある.多数の心原性ショック患
者を検討したSHOCK Registry のなかで,来院時にショック状態を呈した患者は9 %と少ないにもかかわらず,心筋梗塞発症6 時間以内には47 %,24 時間
以内には74 %の患者でショック状態となっている151b).この理由として,来院時点で重症心不全やプレショックの診断が十分になされていないか,ようやく代
償されている患者に血圧低下作用のある薬剤を投与するなどの要素も考えられる.このような重症患者を見逃さずに診断し,ショックになる前に,必要に応じ
て再灌流療法を含む的確な治療を行うことで,ショックを予防することが重要である.

 重症度は複数の因子から総合的に判断することで,より包括的なリスク評価が可能となる.急性心筋梗塞症例の包括的リスク評価にはGRACE リスクスコ
ア,TIMI リスクスコアが広く用いられている.GRACE リスクスコアは来院時の年齢,心停止の有無,Killip 分類,ST 変化の有無,クレアチニン値,心筋逸脱
酵素の上昇の有無,心拍数,収縮期血圧などの指標によって算出され,STEMI を含む急性冠症候群発症後および生存退院後の6 か月予後予測に有用とさ
れる152,153).しかしGRACE 研究には日本を始めアジアの施設が参加していないため,わが国におけるその臨床適用には注意が必要である.大阪急性冠症
候群研究会のデータでは,生存退院時のGRACE スコア100 点未満,101~120 点,121~140 点,141 点以上の患者の長期(中央値3.9 年)死亡率は,そ
れぞれ2.0 %,6.3 %,11.8 %,16.8 %であった154).TIMI リスクスコアでは8 つの因子の合計ポイント数が大きいほど予後は不良とされている155).また,
GRACE リスクスコア,TIMI リスクスコア以外にもsimple risk index,CADILLAC リスクスコアも予後予測に有用な指標とされている.simple risk index[ (心
拍数×〈年齢/10〉2 )÷ 収縮期血圧]は簡便な指標であり,数値が大きいほど早期死亡は高率である156).CADILACリスクスコアはPCI 施行患者を対象に,従
来から提唱されてきた臨床因子に冠動脈造影所見と左室機能を加味して予後を予測する指標であり,年齢,Killip 分類,貧血,腎不全,3 枝病変,左室駆出
率,PCI 後のTIMI 血流分類の7 つの各項目にポイントで重みを付け合計ポイント数が大きいほど予後が不良とされている157)

 STEMI 患者の予後には多くの因子が複雑に関与する.個々の症例ごとに患者背景,身体所見などからリスクを評価し,再灌流療法を中心として予想される
リスクと利益と合わせ,総合的に判断することが治療法を決定するうえで重要である.