ST上昇型急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン(2013年改訂版)
Guidelines for the management of patients with ST-elevation acute myocardial infarction
(JCS 2013)
 
クラス I
・患者到着後,すみやかな簡潔かつ的確な病歴聴取.レベルC
2.1 病歴
 病歴はSTEMI の診断や治療にきわめて重要な情報であり,治療が遅れることのないよう迅速かつ詳細な聴取が必要である.病歴による評価は,胸部症
状,関連する徴候と症状,冠危険因子,急性肺血栓塞栓症や急性大動脈解離の可能性,出血性リスク,脳血管障害および狭心症,心筋梗塞,冠血行再建
の既往の有無に重点を置く.

 症状としては前胸部の強い不快感を自覚することが多いが,顎,頸部,肩,心窩部,背部,腕へ放散することや,ときに胸部症状を認めずにこれらの部位に
だけ症状が限局することもあり注意が必要である.一般的に,顎,頸部,肩,背部,腕への放散は女性で多く認められる95-98).症状は少なくとも20 分以上で
数時間に及び,性状は痛みというよりも局在がはっきりしないある程度の範囲をもって示される重苦しい,締め付けられる,圧迫される,絞られる,焼け付くよう
な感じなどと表現されることが多い.しかし,ときにズキズキ,ヒリヒリした感じ,刺されたような感じなどの症状を訴えることもあり,このような非典型的な症状
はとくに高齢者,糖尿病および女性の患者でしばしばみられる97-99).さらに高齢者では心筋虚血による症状として息切れを訴えることがあり100),全身倦怠
感,食欲不振や意識レベルの低下などが唯一の症状のこともある.塩酸モルヒネを必要とする強い痛みは約半数の例で認められるが,症状の強さと重症度
とは必ずしも一致しない.また随伴症状として,男性では冷汗が,女性では嘔気,嘔吐,呼吸困難感が多いとされている97,98)

 胸痛の鑑別疾患は,頻度としては消化管疾患が多く,逆流性食道炎の痛みは胸焼けのような灼熱感で,食後の仰臥位で増強し制酸薬で軽減する.食道
痙攣は,痛みが胸骨裏面に生じ頸部や背部に放散する.労作とは無関係で持続時間も一定せず,飲食によって誘発され,しばしば飲水により寛解を認める.
硝酸薬,Ca 拮抗薬が有効とされるが,診断の根拠となる特異的検査に乏しい.消化性潰瘍や胆石,胆嚢炎の痛みは食事摂取と関連がある上腹部痛で圧
痛を伴う.また,急性心膜炎の痛みは,深呼吸,咳嗽,体動,臥位で増強し,胸膝位で軽減するのが特徴である.

 致死的疾患の鑑別として,急性肺血栓塞栓症と急性大動脈解離がある.急性肺血栓塞栓症では,しばしば急性心筋梗塞と類似した前胸部症状や背部症
状を認めるが,呼吸困難や頻呼吸を伴い,重症例ではショックを呈することや一過性に意識消失を認めることもある101).術後の安静臥床後の初めての歩行,
深部静脈血栓症や凝固異常,悪性腫瘍などの臨床背景を持つ患者で起こしやすい.急性大動脈解離は,心筋梗塞と比べ痛みの程度が強く,激烈なことが
多い.通常,前駆症状を伴わず突然,引き裂かれるような背部へ放散する鋭い痛みが出現し,呼吸困難や意識消失を伴うこともあり,解離の進行とともに腰
部,まれに下肢にまで痛みが移動する.

 既往歴についての聴取も重要である.同様の症状は過去にないか,心筋梗塞の既往や冠動脈造影を受けたことはないか,脳血管障害,末梢血管疾患は
ないか,他医の診断,治療は受けていないか,などを聴取する.親,兄弟に心臓病の者はいないか,家系内に突然死,急死はないか,その死因は何かなど,
家族歴を聴取する.若年発症の冠動脈疾患の家族歴は重要である.冠危険因子の存在についても可能であれば情報収集し,3 つ以上の危険因子(年齢,
男性,喫煙,脂質異常症,糖尿病,高血圧, 家族歴)がある場合は虚血性心疾患の可能性が高い.
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