ST上昇型急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン(2013年改訂版)
Guidelines for the management of patients with ST-elevation acute myocardial infarction
(JCS 2013)
 
クラス I
・胸部症状を訴える患者や他の症状でも,急性心筋梗塞が疑われる患者に対する到着後10 分以内の12 誘導心電図の記録. レベルC
・初回心電図で診断できない場合でも,症状が持続し急性心筋梗塞が強く疑われる患者に対する5~10 分ごとの12 誘導心電図の記録. レベルC
・急性下壁梗塞患者に対する12 誘導とV4R 誘導の心電図記録. レベルB
クラス IIa
・初回心電図で診断できない場合でも,症状が持続し急性心筋梗塞が強く疑われる患者に対する背側部誘導(V7~V9 誘導)の記録. レベルB
2.3 心電図
 STEMI の早期診断において,心電図は最も簡便で診断的価値の高い検査である103).しかし,心筋虚血の程度が軽度な患者や心筋虚血の範囲の小さい
患者のほか,心筋梗塞の既往があり発症前から異常心電図を呈する患者などでは心電図診断が困難なことも多く注意を要する104,105)

 心筋バイオマーカーが未だ上昇していない心筋梗塞超急性期においても,心電図ではT波の尖鋭,増高(hyperacute T) を認めることがあり,診断の鍵とな
る.超急性期 T 波が出現する時期には,明らかなR 波の減高,ST 上昇および異常Q 波など,典型的なSTEMI の所見を認めないことも多いが,これは心筋
傷害が可逆性である可能性を意味し,この時期の再灌流による心筋救済効果は大きい106).初回心電図で心電図所見が乏しい場合でも,症状が持続し急性
心筋梗塞が強く疑われる場合には5~10 分ごとに繰り返し心電図を記録し診断する.

 急性下壁梗塞では右側胸部誘導(V4R)も記録し,右室梗塞の合併の有無を診断する.V4Rの1mm( 0.1mV)以上のST 上昇は右室梗塞の診断に有用で
あり,この所見を認めた場合にはニトログリセリンなど血管拡張薬の投与は顕著な血圧低下をきたすことがあり,原則として投与を避ける.しかし,通常,右室
梗塞に伴うST 上昇は早期に消失しやすく,右室虚血合併例の約半数で10 時間以内に右側胸部誘導のST 上昇が消失したという報告もある107)

 心電図はSTEMI の診断のみならず,梗塞責任血管や閉塞部位,心筋傷害の程度や範囲など多くの情報が得られる.とくにST 上昇の存在は再灌流療法
施行を決定する重要な所見であり,純後壁梗塞を除きST 上昇を認めない例での血栓溶解療法はむしろ有害とされている108,109).純後壁梗塞では後壁のST
上昇の対側性変化としてV1~V4誘導でST 下降だけを認めることがあり,この場合,背側部誘導(V7~V9 誘導)の記録が診断に有用である.

 心筋梗塞症例のなかでST 上昇を示す例は50 %程度に過ぎず,約40 %はST 下降,陰性T 波,脚ブロックなどの非特異的な心電図異常を,残る10 %は
正常心電図を呈するとされている110-113).また,ST 上昇は必ずしも心筋虚血を反映しているとは限らず注意が必要である114).左室肥大例ではしばしばV1
~V3 誘導でST 上昇,QS パターンを認め,前壁梗塞に類似することがある.心膜炎によるST 上昇は,冠動脈の支配領域とは一致せず対側性変化は認め
られない.aVR 誘導を除く誘導で,広範囲に上に凹型のST 上昇とPR 部の下降,aVR 誘導でST 下降とPR 部の上昇を認める.心室ペーシング例,WPW
(Wolff-Parkinson-White)症候群や脚ブロック合併例では2 次性ST-T 変化のため,心電図診断は困難なことが多い.左脚ブロック例でも上向きQRS を示す
誘導で1mm 以上のST上昇,V1~V3 誘導で1mm以上のST 下降,下向きQRSを示す誘導で5mm 以上のST 上昇を認めた場合はSTEMI の可能性が高い
115).右脚ブロック例では,V1 からV3~V4 誘導におけるST 上昇を伴うqR 波形は左前下行枝近位部病変を示唆し, V1 誘導のrR あるいはR 波形は左主幹
部病変を疑う所見である116).また,aVR 誘導のST上昇度がV1 誘導のST 上昇度よりも高度な場合には,左主幹部病変が疑われる117).

 体表面12 誘導心電図において,心臓の解剖と各誘導との関係は,前胸部誘導は理解しやすいが通常の肢誘導は直感的にとらえにくい.肢誘導を
Cabrera sequence に並び替えると理解しやすい118).aVL 誘導は上位側壁,I 誘導は下位側壁,- aVR 誘導(aVR 誘導を上下反転させた誘導)は心尖
部,III 誘導は右下壁,II 誘導は左下壁に相当する.Cabrera sequence を用いた12 誘導心電図はSTEMI とたこつぼ心筋症との鑑別に有用であるという報
告がある119)

 欧米のガイドラインにおいて,STEMI 治療における重要な点は,院外12 誘導心電図の実施と救急医療サービス(救急隊)によるその伝送または解釈,およ
び受け入れ先施設への事前通知であると示された120,121).院外12 誘導心電図の使用に関しては2000 年度から推奨され,最近の報告では,院外12 誘導心
電図の実施がprimary PCI 開始までの時間を短縮し,PCI が治療法として選択される場合には専門施設へのトリアージを促すことが示された122-126).救急隊
が心臓カテーテル室を含む心臓ケアチームの出動を要請した場合は,再灌流療法までの時間の有意な短縮が認められた.日本では,横浜や吹田,船橋にお
いて,救急隊,消防本部,病院循環器専門医を中心とした,院外12誘導心電図を利用した地域医療ネットワークの運用が試みられている.
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